The Summer That Never Was




 昨日、新しいカーテンを買ってきた。

 寝室には二面の壁に窓があって、一つには大きめの窓が一つ、もう一つにはその大きな窓を半分に切ってちょうどその半分の幅を間に挟んだような、小さめ窓が二つ並んでいる。

 カーテンは大きい窓には小さすぎるだろうと踏んだが、内布と外布でちょうど二つの小さな窓の分にはなるだろうと見積もって、ティファはそれらを購った。それまではブラインドをつけていたのだが、布の方が温かみとか生活の味わいがあるような気がして、見た瞬間に心惹かれ、取り替えよう、と思ったのだ。

 今日のうちに洗濯を済ませたので、仕事を終えた今、楽しみにしていた取り付けだ。布の上部が内側に縫い込んであり、その間の空洞に白いポールを通しながらティファは幅を窓枠に合わせ調整した。

 内側用には薄いオレンジの、紗のような素材で、よく壁紙だとかで見かけるような紋が繰り返しになったような模様が施してある。模様の線は白、おそらくはクリーム色で、夕焼けの空の雲のように淡くて、明日、昼間の光を通したら綺麗だろう。風を受けて通りにそよぐ姿は綺麗だろう。そう胸の裡でひそかに満悦した。

 外側用には濃い、ほとんど紺色といってもいい青の布だ。無地とは呼べないのだがなんと形容したら良いのかわからない、抽象的な柄だった。絵の具をパレットに載せて水を含んだ筆で無造作に潰したような質感。よくわからなかったけれど、オレンジとの組み合わせが綺麗だな、と思い、これもサイズがちょうど良かったので一緒に買った。

 抱き合わせで売られていたわけではないが重ねて並べられていたので、前の持ち主が一緒に使っていたのかもしれない、趣味がいいな、とティファは思った。

 オレンジの方のポールと少し段差をつけて、青の方のポールを窓枠の幅に同じく調整、オレンジの少し上、外側になるように取り付けた。もう一つの窓にも同じようにし、上々、とティファは小さく満足の息を吐いた。

 取り外してとりあえず床に置いたブラインドは、倉庫にしまっておこう、と考えたところで、戸口から足音を聞いてティファは目線を向けた。

「おかえり」

「うん」

 クラウドと短いやり取りをする。

「いい日だった?」

「普通だよ」

「そう。何より」

 上着を脱ぎながらクラウドは訊いてきた。

「ティファは」

「普通だよ」

 うん、という風に頷いて、だけどそれ以上何も言ってこないので、ティファは気持ち大袈裟に手を広げてジェスチャーをして見せた。クラウドは少し眉を顰めて「何?」と訊いた。

「替えたんだけど」

 カーテン、は省いた。見ればわかるだろう。

「うん」

「どう?」

「いいんじゃないか」

 どちらでもいいようだ。予想通りの反応で、別に気分を害したのではないが、少し食い下がってみたくなった。

「嘘でももうちょっと褒めないかなあ、普通」

 クラウドは少しばつの悪そうな顔をして、わざとらしく後頭部を掻いたので、ティファは満足して追及をやめた。それからブラインドを片付けようと身を屈めようとした時に、クラウドが言った。

「普通がなんだ」

「え?」

 ティファは首を傾げた。

 別に、と言うふうにクラウドは肩を竦めた。

 クラウドはその後言葉を続けなかったが、様子を窺っていて、ティファはふと気が付いた。

 彼は、これはささやかな変化なのでよく見ないとわからないのだが、そして、意外に思えるかもしれないが、上機嫌なのだと、察しがついた。

 クラウドには、躁、と言い表すのが相応しいのかわからないし、ひとつの例えだが、ともかくそういう状態なのではないかと思える時がある。もっとも、そのとりあえず躁と呼んでおくその時期でも、それはごくごく静かな変化ではあるのだが、少しいつもと違う時があるのだ。

 それこそ所謂「普通」、あるいは一般的な機嫌の良い態度──すごく笑顔になったり、声をうわずらせてはしゃいだり、そういう表現をあまりする人ではないけれど、でもクラウドなりにそういう時があるのだということが、ティファはクラウドとこれまで過ごしてきた中で学んできていた。そのことを意識的に考えたのは、もしかしたらこの時が初めてだったかもしれない。

 そんなことを逡巡していると、自分自身もどうしてだかよくわからないが、ティファはなんとなくクラウドと目を合わせたくない気がして、部屋を見渡すそぶりをして視線を逸らした。だけど気づいた時にはクラウドの体が自分の目の前に迫っていて、ティファは目を上げた。

 クラウドがさらに詰め寄ってきたので、ティファは一歩引くと背中に窓が当たる形になり、レールに後ろ手をついて体を支えた。

「クラウド、酔ってない?」

 クラウドは心持ち不服そうに肩を竦めた。

「いや」

「いいんだよ、たまには飲んで帰ってきても」 ティファは言った。誤魔化したい気持ちが半分と、純粋にクラウドのことが少し心配な気持ちがあったのだが、目線向けた先のクラウドの目元は意外なほど穏やかだった。微笑ですらあった。

 なんだろう、この感じ。ティファは訝った。

 蜃気楼を見ているようなふわふわとした気分に襲われた。例えを試みるならば、草原に寝そべって何をするでもなくぼうっとしていて、遠くで水が跳ねて目線をふとそちらに寄せる時ような感覚。そんなふうにぼんやりしていると、クラウドの顔がもうそこにあると気づくが早いが唇が覆われていたので、「う」と変な声が出た。

 ティファは目を閉じた。確かにクラウドは酔ってはいなかった。バイクで走ってきた一日の名残を帯びて、少し埃っぽい気配がしたが、嫌ではなかった。唇が触れていると、霜の降りた枯葉を手に包んで解凍する時のような、じわりと呼気を発して、お互いの肌が応えたような感じがした。

 離れるとすぐそこにクラウドの鼻先と目があった。

 ずっと見ていたい気持ちと、むず痒い気持ちが交差して、ティファは誤魔化すようにクラウドの肩に頬を当てて息を吐いた。クラウドの静かな吐息が首筋を漂ったので、ますますこそばゆくなった。

 何かが思い出せそうだ。だけどなんだろう。クラウドの腕の中で思考はますますぼんやりとし始めていた。抗うように、ティファは思い出そうと意識を引っ張った。それが動作と連動して、身じろぎをしようとしたときに、肘で背後の布を引っ張ってしまう形になり、取り付けたばかりの青いカーテンがポールとともにティファの頭上に実に都合よく降ってきた。

「いた」

 青が顔にまとわりついて、視界が遮られた。クラウドが苦笑しながらそれを払おうとした時、青を透かして彼の顔が見えて、ティファははっとした。

 この色は、ニブルヘイムの湖の景色だ。

 ニブルヘイムには山に続く山道の途中に湖があったのだ。二ブルの山から村に流れる川にはみんなよく行っていたけれど、湖は少し遠いのであまり足を延ばす人がなかった。ティファはいつからか一人でよく行くようになっていた。クラウドが村を出てからのことだ。湖岸に寝転がって足首を水につけて、よく本を読んだり考え事をしたりしていた。

 視界に入る湖面はきらきらと光の粒を放っていて、目を閉じると残像みたいに、六角形の薄い光の破片がひとつ、魚の鱗みたいにきらりとした。そんな瞬間が記憶の隅から浮かんできた。

 さっき布越しに見たクラウドは、なぜかそんな瞬間を思い出させた。

 クラウドはカーテンをポールごと軽くベッドに投げ置いて、それからティファを抱き直した。

「ティファ、なんか変だ」

 変なのは、いま、確かにそうかもしれない。

 どうして忘れていたんだろう。記憶は私に何を思い出せといっているんだろう。 クラウドの目の色。ミッドガルで会った時は、怖いと思った色だった。だけどなんだろう、それが今は、緑が青に見えるのだ。カーテンの色の残像のせいだろうか。あの湖の景色の記憶だろうか。そもそも、湖面の色のように移ろうものなんだろうか。

 ああ、でも。ティファは納得した。

「すみませんね、でも、」

 言いかけて、なんだか妙に楽しくなった。それから続けた。

「普通がなんだって、クラウド言ったし」

 ティファは改めてクラウドを見上げた。愛しい顔がそこにあった。きっとクラウドのお母さんも、こういうふうに自分の子供を見つめたんだろうな。そう思った時には、本当に思い出したかったことの一番底にあったものを見つけていた。

「クラウドの生まれた年、寒い夏でね、冷夏だったんだって。知ってた?」

「知らない」

 クラウドは少し小首を傾げた。あまり興味はないようだったが、仕草が可愛いな、とティファは胸の裡の思いが沸々と温まるのを感じた。彼自身が知らない彼のことを自分が知っているのが、少し嬉しくもあった。

──お母さんに聞いたんだよ。

 言いかけたが、それはやめておくことにした。

 なぜかすごく満ち足りていて、もう何も言うまい、と思った。そしてどちらからともなくもう一度キスをした。クラウドの手を服の内側に感じて、肌がざわついた。湖みたいに、温かくも冷たくもなる。クラウドの目の色、肌の色、髪の色は、その時々でいろんな色に見える。

 考える必要もないことなのだ。きっと。

 一時期自分は、普通、にとらわれていた時期が確かにあったように思う。普通と言うのがなんであれ。何に拘っていたんだろう。

 でも、それもいいか。ティファは思った。そういう思いを越えた先のいまなのだったら、こんなに幸せなことはない。最善の状態、というようなものが仮にあるとして、それはその状態に戻ることを必ずしも意味しないのだ。続いていく日々の中で、常に更新されていく良い状態を、常に水中に道を見つけるように探っていけばいいことなのだ。

 そう考えて胸の中に小さな満足の火が灯った気がしたのと、クラウドの唇と手が自分の理性の境界を曖昧にしていくのを感じたのが、なんだか契約されいたように同時にやってきて、だけどそれが心地よくて、そのまま意識と体を委ねることにした。目を閉じれば、貝殻の内側のような、不思議な色に光る世界がひろがった。







(2021/02/23)

なんか全然糖分高めのクラティを書いてなかったなと思ったので、思いつくまま。 クラウドはナチュラルに壁ドンとかする天然にすかしたタイプではなさそうだけど(ザックスはしそう、良い意味で)、例の電車ゴロゴロみたいに不意を突いてオス味を出してくるところがありそうっていうか。ただリメイクではクラウドが特にすごく可愛い…って感じに見えてしまったので、なんか大人っぽい妄想が全然できないんですよwので時間軸AC〜その後あたりが落ち着く感じです。

ついでですけど普通がなんだっていう台詞と壁に追い詰めるのは、すごい好きな映画「女神の見えざる手」からパクりです。政治色の強い話ですけどすごく面白くて好きなのでよろしければー







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