誰かが泣くとき
ミッドガルを出てから、誰が言い出した訳でもなく、ごくごく自然な流れとして、わたしとティファは同室で眠るのが常だ。
だから、やっぱりごく自然な流れで、この山間の村でもわたしとティファは同じ部屋になった。
ふたつ並んでいるうちの奥のベッドに腰掛けて、キルトのベッドカバーの上に脚を伸ばすと、ようやく人心地がついた気がする。ボタンを開けてあるスカートの裾から見える膝下の脚は、前より少し灼けた気がする。気のせいか、少しだけ筋肉もついたかもしれない。お母さんが見たら、なんて言うかな。健康的になったって、喜ぶかも。考えると、自然に口元が緩むのがわかる。
「たくさん歩いて、疲れちゃったね」
手首につけたバングルを外しながら、ティファに声を掛けた。腕も少し灼けた気がする。少しくらい灼けるのは嫌じゃないけれど、手首だけ色が違うのはいただけないから、明日からはバングルを外そうかな、と思案する。
「そうね。今日は早く寝よっか」
そう応えたものの、ティファは寛ごうとはしなかった。
ティファも疲れているはずなのに、座ろうとしないでそのまま窓辺に歩み寄った。わたしの方に背を向けて、窓越しに外を見つめている。ニブルヘイムの町並み。
ああ、見覚えがある。
こういう背中を、わたしは前に見たことがある。
なんだか胸が苦しい。
わたしはベッドを降りると、窓辺のティファに歩み寄った。ティファの左の腕に、わたしの両方の腕を絡める。あんな力がこの腕のどこに潜んでいるのか、誇張ではなく不思議なくらい、華奢な腕。そのまま額を彼女の肩にあてる。目を閉じる。閉じた瞼に夕陽を感じて、心の目には血潮が映る。
「エアリス、どうしたの?」
驚いたような気配を声に滲ませて、ティファが言う。
目を閉じていると、耳はいつもより敏感に音を拾う。
わたしじゃないでしょ?あなたが、だよ。
「ざわざわしてるんだなぁ」
目を開いて、彼女を見上げる。
ティファは軽く首を傾げて、口には出さずに「ん?」って顔をする。わたしも真似して首を傾げてみる。ティファは困ったような笑顔で、わたしを見てる。綺麗な女の子。わたしより少し背が高い。銀のピアスが夕陽を受けて、金色に光って見える。きゅっと上がった眉が、いつもより少し下がってる。
心がね、ざわざわ音をたててるの。いろんな気持ちが木の葉になって、あなたの心の中で嵐に吹かれているみたい。風は、鳴り止まないみたい。あなたの心の小さな宇宙の中で、逃げ場がないみたい。
「誰にも言えないのね」
わたしが言うと、ティファの表情はゆっくりと、困った笑顔、から、困った泣きそうな顔、に変わった。
あなたの大事な、彼にも言えないのね。
きっと、一番言いたくてたまらないのに、ね。
ねえ、あなたは心に何を隠してるの?
それはあなたの中で膨れ上がって、あなたを苦しめてるんだよね?
ざわつきは隠せないくらい、もうあなたの中から聞こえてくるの。
少し視線を下げながら、ティファはまた窓の外を見た。夕陽を浴びて透き通った茶色の瞳は、琥珀みたいで綺麗だったけど、頼りなく寂し気に見えた。長い睫毛が繊細に震えた。
「……ここにいたくないの。早く、立ち去りたい」
うん。
あなたにとって、ここが始まりなんだね。
楽しい記憶も、幸せな記憶も、辛い記憶も、憎しみの記憶も。
ここはあなたが生まれた場所で、愛されながら育った場所で、全てを失くした場所なのね。
泣かないティファは、強い人だね。
でもね。
心で泣いてるあなたを想像するのは、目の前で泣かれるよりずっと辛い。わたしの胸も苦しくなるの。もっと苦しいのはあなたの方だってわかっていても。
わたしはまた、額をティファの肩に預けた。
星が語りかけてくる時みたいに、耳を澄ませてみる。でも、やっぱり違う。あなたはここにいて、生きているから。星の声は、ライフストリームの声は、星に還っていった人達の声。あなたの内から聞こえるざわめきは、わたしの中のセトラの血が導くものではなくて、あなたの友達としての、わたし自身が聞いているものなの。
弱さを見せてもいいのよ。そのために、みんな誰かと一緒に生きてるんだから。わたしの大事な誰かが泣いてるときは、わたしが側にいてあげる。強い人だからこそ、守ってあげたくなるんだよ。
一日でも、一秒でも早く、あなたがちゃんと笑える日が来ればいい。
そのことが伝わればいいと思いながら、呟いた。
「わたしね、代わってあげること、できないけど、いつでも味方、なんだよ」
覚えておいてね。
「うん…」
ティファの手が、彼女の腕に絡めたわたしの腕に触れた。
温かい血が流れてる。いろんな辛さを知ってるのに、柔らかいままの手。
ありがとう…
ひそひそ話をするみたいな声で、ティファが言う。泣きそうな掠れてる声。でも、やっぱりあなたは泣いていないってわかる。
まったく、もう。
やっぱり、あなたは強い人だね。