恋
「今日お店にね」
一日を終えてひと心地ついたところで、ふとティファが言う。
聞けば、今日初めて店に来た見立てでは十六か十七くらいとおぼしき若いカップルがいて、その二人の様子が、なんだか微笑ましく、曰く可愛かったのだという。
「お店に入って来た時も、食べてる間も、帰っていったときも、ずーっと手繋いで、見つめ合ってて、なんかもう、一瞬でも離れてたくないみたいで」
思えば、そういう客層も珍しくなくなってきた。
エッジにセブンスヘヴンを構えた当時は、殺伐としていたわけではないけれど、皆日々を生きるのに必死で、一日の終わりにそれを発散するような、そんな活気に満ちていた。今でもそれはそうなのだが、そこに穏やかさや余裕を感じるような空気が増した。俺よりずっと長い時間を店で過ごす彼女のことだ、そのことはより実感しているに違いないのだ。
デートに使ってくれるのってなんだか嬉しい。と、ティファはまるで親のような目をして言う。
「いいよね。なんか青春してるっていう感じ」
微笑む彼女の表情は、柔らかく優しい。
青春-------その言葉を反芻してふと思う。自分たちの十代は、多くのことがありすぎた。
手を繋いだり、デートをしたり、キスをしたり、そういう無邪気な情景は、その年頃の俺とティファの思い出にはない。もっとも、少なくとも俺はずっとお隣の彼女を好きだったわけだけど、その頃の彼女が俺に興味を持っていたかは知らないから(あえて聞くのも気恥ずかしい)、もし諸々の不運やらがなかったからといって、俺とティファがその当時そういう関係になってた保証はないのだが。
「そういう余裕、なかったな」
言ってから、まずかったかな、と思う。せっかく楽し気に話をしているところに、過去の影を差し込むのは野暮だろうか。彼女の顔を窺うと、だけどその口許はほのかに笑みをのせたままだった。
「そうだね」
「色々あったけど」
ふっと息を吐く。
「自分たちだけが大変だったって、思っちゃだめだよね」
ティファは続ける。
「大変だったけど、みんなそれぞれに大変だったり、辛かったりしてるんだから、自分だけが苦労してきたみたいに思うのは、違うよね」
なんて言ったらいいかな、そう呟きながら首を傾げる彼女が、たまらなく愛しく感じられて、その肩を引き寄せた。
知ってるよ。
謙虚な彼女。
世界には二人以外誰も何も存在しないと錯覚するくらい、夢中の恋、みたいなものを、確かに俺たちはしてこれなかった。
だけどそれを妬むでもなく、それこそ恋する少女みたいに、優しい目で眺める彼女が、それこそ俺には可愛くてしょうがないのだ。
腕を緩めて顔を覗き込むと、ほのかに赤らんだ頬と、柔らかな色の綺麗な瞳が目に入る。形の良い唇にキスをする。
不思議だ。
十代の頃から、もしかするとそれよりもずっと前から、恋してきた人が、今自分の腕の中にいる。
でも今は、恋以上のものを彼女に感じている自分がいる。胸の中に膨らむ感覚は、恋という枠に収めるには、少々大きくて重くて、奪われた青春を埋めるのに十二分以上の感慨を俺に与える。
「なに。ちょっと感化された?」
唇を離すと、俺が考えてることを知って知らずか、からかうように言う彼女。
その境目は何だとか、どちらの方が立派だとか貴いだとかが言いたいんじゃない。違いなんて俺にはよくわからない。
だけど、俺が彼女に抱くこの気持ちを、たぶん愛と呼ぶんだと思う。
「バカ」
口に出して伝える事は、お預けにしてやろうと思う。