触れる
窓から滑り込んでくる風は温くて、かすかに果実の趣を感じる甘い香り帯びて肌を撫でる。
ちょうどこの窓から見える、高い木立に大輪の花びらを悠々と揺らしているマグノリアの香りだ。
紫の花弁が白んで見えるのは、窓から入る光が私のいるベッドに日溜まりを落として、眩しさと心地好さのちょうど真ん中くらいの空間を作っているからだ。風は穏やかに吹いて花びらを揺らす。色合いが控えめだから、自己主張の強そうな大輪にも慎みを感じる。赤とか黄色だとか鮮やかな色だったら、うるさく思うかもしれない。
目を瞑る。すると、香りをより深く感じられる。マグノリアの花は木の高い所に咲くから、地面から見上げてもあまり香りを感じることがない。宿の三階のこの部屋は、花の姿にも香りにもずっと近い。
窓から手を伸ばせば、花びらに触れられそうだ。指を走らせて、陶器みたいに滑らかだけど、陶器のそれよりももっと脆くて少し筋張った、繊細な感触を想像する。
まどろみの中で、頬に手が添えられるのを感じて、目を開く。すると木の肌のような柔らかい茶色の瞳と目が合う。日に灼けた肌が、白い光を受けていつもより淡い。
「ついてないな、誕生日に風邪なんて」
「でも厄払いかもな。これから一年いいことばっかりだぞ、きっと」
からかうように、だけど励ますように言う。
私は微かに笑って返す。
添えた手の親指を、優しく頬に滑らせるように撫でてくる。
私は目を閉じて、思う。
私が花に触れる時の指に似ている。
目を閉じていると、彼の感触を深く感じられる。魂まで届くくらいに。
目を開くと、またあの瞳と目が合う。寝そべった目線から仰ぎ見る彼の顔は、いつになく優しい。
その表情のせいなのか、窓から香る風と花の匂いのせいなのか、自分でもわからないけれど、ふと彼の肌が欲しくなる。頬を撫でていた手を遮って、彼の服の胸元を引いて唇を自分のものに重ねた。熱で乾いた唇に、彼の感触は心地が良かった。
目を開くと、さっきより近くにある彼の目が面食らったように丸く見張られている。その表情がやけに可愛いなんて思ってしまう。熱に侵された思考のせいなのか、羞恥心もどこかに行ったみたい、とどこか俯瞰して私は思う。
いいの?
そう訊いてくる目線に答えるかわりに、彼の手を汗ばむ胸元に導く。
彼は表情を緩めて微笑むと、優しく唇を合わせてくる。病気になると人恋しいって、こういうことを言うのかも。そう考えたのを最後に、肌に感じる彼の感触に意識を委ねた。