溢れるままに
先程こしらえたばかりのささやかな墓石に、花を供える。小さな島中に所狭しと咲き乱れる花の中から、彼の好きそうなものを集めてきた。
土の上に腰をおろしながら、違う季節には、また違う色合いの花が見れるかしら、とセリスは思う。
「遅くなってごめんね」
墓石の主に呟く。返事はない。
どこかで、鳥の羽ばたく音がした。
「お花、咲くようになったね」
これなら、きっとさみしくないでしょ。
あの時は、ゆっくり悼む余裕はなかった。
一度は悲しみに暮れたが、仲間を求めて海に漕ぎ出し、大陸に出た。彼が、シドが望んだとおりに。それから先はずっと、必死に前に進んだだけ。
やっとこうして、話ができる。流れるままに涙を流すのもよし。シドにまつわり楽しい記憶も辛い記憶も、そのどちらでも考えるだけで泣いてしまいそうだったから。
目を閉じて、だけどすぐにやめた。
あと数時間で夕暮れに染まるだろう空は明るく、海風に吹かれる花々は極彩色となって揺れ、鳥たちの鳴声は歌うようだ。
涙はふさわしくない。そう決めてセリスは立ち上がると、声を出さずにまたね、と唇で描き、その場を後にした。
浜辺に向かうと、ロックの後姿が振り返って、少し笑った。
頭に巻いた海と同じ色のバンダナが揺れる。
「話せたか?」
隣まで歩いてきたセリスに訊く。
「うん」
太陽そのものよりも、水面に反射する光が眩しくて目を細めると、青い目が少し隠れた。
ロックはセリスの前にまわりこむと、腕組みをしながら身体を傾けて彼女を覗き込んだ。
セリスは訝し気に首を傾げる。
「泣く?」
わざとおどけた調子でロックが訊く。
「ばか」
呆れてそう言うと、視線をまた海に逸らした。
「眩しい」
セリスは片手を細めた両目の上に翳す。その手がだんだん下がって、鼻筋を通り、軽く握って口許で止まった。
風が強く吹いて、細い金髪が紗のカーテンのように顔を一瞬隠した。
ロックがその身体を抱きとる。
「ばか」
一度腕に包まれると、合図のように空色の目から熱いものが流れて、身体が震えた。
彼の罪、愛情、温室の土と花の香り、眠りについた顔、残した手紙の筆跡。強風に散らされた花弁のように、胸の中で激しく舞った。
だけど涙の成分は、悲しみだけではないとセリスは思った。絶望のあとに見つけた希望、仲間たちに再び会えたこと、ロックに会えたこと、奇跡としか言いようのないその全部を思うと、震える心がさらに揺れた。
ロックの胸の中はこうばしい太陽みたいな匂いがして、溢れ出る愛しさが涙になってさらに流れた。
彼はきっと知らないけれど。
セリスを守るようにして、ロックはその身体を軽く揺らした。
細い髪に鼻先を寄せると、いつも彼女が発する花のような香りに紛れて潮の香りを嗅ぎ取った。伏せた顔は見えなかったけれど、シャツに染みる温かい涙を肌に感じる。誰よりも強い彼女が自分の胸に縋ってくれることが、ロックにはひどく嬉しかった。
それはきっと、彼女は知らない。