親密



隣にいる人の気配が動いて目が覚める。

彼女の放射する温かい熱が離れていき、目を閉じたまま秋口の朝の冷たさを感じる。

いつも自分より遅く起き出す俺を気遣ってか、毎朝彼女はカーテンを閉じたままにしておく。それくらいの自惚れはいいだろう。

それでも薄い布越しに微かに感じる朝陽に薄目を開きながら、こちらに背を向けてベッドの端に座っている彼女を眺める。

背中の半分を覆う髪の隙間から白い肌が覗く。彼女の背中が好きだ。

華奢な肩甲骨の間を一筋に南下する窪みが腰の曲線に繋がる様は、たとえようもなく綺麗だと思う。触れたくなる衝動さえ忘れて、崇めるように見ていたくなる。

寝間着の上だけを羽織ってベッドを離れると、流れるように身支度を始める。

衣擦れの音。ファスナーの閉まる音。髪を梳く音。

目を閉じていてもわかる。昼間の彼女が出来ていく過程。

眠い目のまま枕の上で少し頭を傾けると、目線の高さに銀色に光るものを見つけた。

「ティファ」

ドアノブに手をかけようとしていた彼女を呼び止める。

上体を起こしながら、サイドテーブルの上のそれに手を伸ばす。

「忘れ物」

指先でつまんだそれを軽く揺らす。夕べ俺が外したもの。

あ、と耳に手を触れる彼女。こちらに引き返してくる。

受け取るために伸ばした彼女の腕を引いて、脚の間に座らせる。

少し驚いた様子の彼女に構わず、雫の形をしたそれを右の耳につけてやる。

横から見る白い頬が少しだけ色付いたのは気のせいか。

「左側」

サイドテーブルの上に残ったもう片方を手に取りながら促すと、見えやすいように身体の向きを変える彼女。同じように左の耳に取りかかる。

大人しくされるままでいる彼女が可愛いと思う。無防備は信頼の現れだ。

「ありがとう」

耳に下がるそれに触れて微笑む彼女。何度見ても飽き足りない目尻が下がった瞳。

その手首を掴んで、形の良い唇に自分のものを重ねる。

このまま黙って行かせると思った訳じゃないだろ?

それに俺には彼女に責められるいわれはない。無自覚に俺を誘っているのは他でもない彼女なのだから。

堪能して解放してやると、僅かに口元に笑みを浮かべて俯く彼女。

「早く、服着て」

照れ隠しのつもりなのか、裸の胸を手の甲で軽く叩いてくる。

「着なきゃいけないのか?」

ささやかな抵抗を試みる。

あたりまえ、と言いかけた言葉ごと彼女の唇をもう一度塞ぐ。今度はもう少しだけ深く。

観念したのか、彼女が首の角度を変えると、いよいよ歯止めが利かなくなりそうだ。

どちらのものとも言えない吐息が漏れる。もう少し踏み込んでみたくなる。

身支度を済ませた彼女のスカートの裾に手を差し入れたところで、彼女の両手が肩を押した。

「駄目です」

悪戯っぽい、そして少し諭すような表情。さすがに駄目か。

だけど僅かに目が潤んでいるところを見ると、多少は流されそうになったのだろう。不謹慎と言われそうだが、なんだか微笑ましい気持ちになる。

了解。

母親に倣って、うちの子供達は早起きだからな。

両手を軽く挙げて降参の意を伝える。

かすめるように俺の頬を撫でてから立ち上がる彼女。

クローゼットからTシャツとワークパンツを取り出し、投げてよこす。

なんの未練もなさそうに扉の向こうに消えていく彼女を見送る。少し寂しい。

手持ち無沙汰になり頭を掻きながら、諦めて服を着ようとすると、足音が戻ってくるのが聞こえて顔を上げる。

扉から頭だけを覗かせて彼女が言う。

「おはよう、クラウド」

俺が応えるより早く、歌うような足取りで階下に消えていく。

だらしない笑顔が広がっていくのを自覚しながら、もう一度枕に頭を戻して目を閉じる。

階下で日常の音がする。水の流れる音。調理器具が触れ合う音。窓を開ける音。

それから先に起こるだろうことは、見なくてもわかる。

グラインダーでコーヒー豆を挽く音。芳香が漂い始める。前にぽつりと俺が好きだと言ってから、彼女はいつも同じ銘柄のコーヒー豆を仕入れてくれる。

もうすぐ子供達が起き出して、洗面所を取り合う微笑ましい闘争が聞こえるはずだ。

二人分の足音が階段を下りると、いつもの挨拶が交わされる。

それから彼女はデンゼルの癖毛を手で梳いてやり、マリンの髪を結うのだろう。








書いてから気付いたけどティファのピアスって片方だけでしたっけ?両方?またうろ覚え…

すみませんここでは両方と言う事で(´ω`。)

(2011/09/21)



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