時々、鋭い錐のようなもので頭を真横から貫かれた様な痛みが襲う事があるんだ。
誰のものか解らない声が頭の中に直接響く。
痛みが退くと、俺は決まって君の姿を捜す。
記憶の謎を解く鍵を握るのは君だという事を、俺は本能で知っているのだ。
複雑に暗号化された記憶も、他の誰にも解けなくても、君だけが解法を知っている。
cue
前の時のような性急さはない。焦って事を済ますよりも、今日は君を堪能したい。
しつこいくらいに時間をかけて、この瞬間の全てを脳に、全身に刻んでいく。指先一つ一つが君の肌の感触を記憶するように、味わうように撫でる。俺だけが知っている敏感な場所に唇を這わせて声を絞り出す。君の喉が発する俺の名前は、俺を昂らせもするし落ち着かせもするから不思議だ。掠れていても、間違いなく君の声であり、俺の名前だ。
顔立ちはあの頃と変わらない幼さを感じさせるのに、暗がりでも見て取れる催眠にかかったような瞳は、もう少女のそれじゃない。開いていく身体。
俺の知り得ない月日の間に大人になった君。何が君をそうした?
俺の世界に君がいなかった5年間、君の世界に俺はいなかった。思い出そうとすると、決まって頭に靄がかかる。
頬に君の手を感じる。覗き込めば、快楽と苦渋に僅かに眉を寄せているけれども気のせいか表情がいつもより柔らかい。
君を抱きながら、こんな風にじっくりと顔を見つめた事があっただろうか。
身体は否応なく昂っていくけれど、心は何故か穏やかだ。
君が口元だけで少し微笑むと、合図のように唇を合わせる。
記憶がある場所のもっと奥の方が白んでいくと、果てが近いのだと感じる。
胸の上で揺れていた呼吸が一定になり、微かに寝息が聞こえ始める。胸を撫でていた手の動きもいつの間にか止まっていた。
毛布を引き上げて剥き出しの肩を覆う。このまま朝まで眠ればいい。妨げようとするものは俺が消すから。
君と離れていた五年間。忘れてしまっただけなのか。俺の中に君の記憶がない五年間。
こうやって思い出そうとすると、また頭の中が白く霞む。何故だ。今までその度見えない何かに追われるようにして、先を急ごうとしてきた。
曖昧な五年間を打ち破る最初の鮮やかな記憶、それはやっぱり君だ。
見間違える筈がない君。俺の名前を呼んだ声。
五年前と五年後を結ぶ線を中心から指でなぞると、辿り着く両端の点には君がいる。二つの点は明瞭なのに、線だけがどうしてもぼやける。
なあ、ティファ。
どうして俺はもっと早く君を捜さなかった?
俺は何をしていた?何処で?
君のいる七番街に辿り着いたのは偶然なのか?
ニブルヘイム。
セフィロス。
横たわる君。
ミッドガル。
七番街。
ニブルヘイム……
あの日俺が訊ねた事、君は覚えていないと言った。覚えていないのか言いたくないのか。思い出したくないのも無理はない。辛い記憶だ。不安が滲んだ声。
訊いてほしくないなら何も言わない。だから離れないでくれ。
逃げようとする腕を引いた。初めて君の隣で目覚めた朝、身体がすごく軽く感じたんだ。
解るか?
胸の上で眠っていた君が身じろぎして、俺の思考を中断する。
起こしてしまったのかと顔を覗き込むと、目を閉じた幼い表情。胸の中に暖かい何かが広がって、口元が綻ぶのを感じる。髪に唇を寄せる。
君が俺の腕の中で穏やかに眠ってくれる事が、俺を安らかな気持ちにさせる。少しずつでも俺に心を許していく事。追われているような気持ちも、君とこうしている時だけは忘れられる。
君を求めるようになったのは、靄のかかった時間の記憶を取り戻したいが為なのかもしれない。君が俺の世界に存在しない五年間。それは俺をたまらなく不安にするから。
そして新たに君を記憶するため。君と共有する記憶を増やすため。
胸に感じる重さ。掠れた声。明瞭な声。肌の感触。唇の甘さ。眠る顔。髪の香り。
持てる感覚の全てで君を記憶し、身体中の全細胞で共有する。君の爪が残した痛みも、俺の痛覚が記録する。
俺の核を握っているのは君だ。今までもこれからも。
もし砕けて散り散りになっても、欠片の一片一片が君を覚えている。
肉体がばらばらになっても、君が触れれば細胞の一つ一つ応える。
俺を壊す事も直す事も、きっと君にしか出来ないんだろう。
本編中、時々声が聞こえるのって、本当のクラウドが呼びかけてる…んだったっけ?うろ覚え…
時期はゴールドソーサーでのデートの後、という裏設定があります。
(2011/09/21)