潮風




 俺はさっぱり前に進めていない。

 セリスが去った橋の上で、俺はそう考えている。

 あの日からずっと、俺はあいつのことだけを考えてきた。いや、あいつのことを考えてたのは、もっとずっと前からだ。初めて見た時から。だけどあの日からは、考える意味が少し違う。秘宝のことも頭にない。あいつの無事を願うことと、自己嫌悪だけを繰り返してきた。そうすることで何が変わる訳でないことも知っていた。

 見捨てたりしないって仲間にも啖呵を切ったのに、俺はあいつを疑った。裏切り者というなら、疑うことは裏切りだ。あの時オペラで図らずも口にしてしまった言葉に嘘はなかったはずなのに、俺はどこかであいつを信じていなかったんだろうか。もう自分がわからない。肝心な時に尻込みした自分のせいで、二度も大事な女を失った。過失は俺にある。同じ間違いを繰り返す俺。誰かを守るなんて、本当はそんなに簡単じゃないってわかっていたはずなのに、守るどころか最悪の形で傷つけた。

 生きていることは聞いていた。だけど、自分の目で確かめるまで、心から安堵はできずにいた。疚しい意味ではなく、腕に抱いて確かめたいと思った。生きた体温を感じて安心したかった。

 昼間の一瞬の再会の時、唐突すぎて俺は動けなかった。あいつは少し痩せた気がした。もともと細いのに痛々しかった。竦んで動けなかった俺はもっと痛々しい。不思議そうな顔をして俺達を見ていたティナに気付いたが、取り繕うこともできなかった。

 港も夜も、もともと好きだった。旅に出る前夜の高揚感がそのまま象られたものだからだ。港はどこにでも連れてってくれる。あてのない旅は好きなはずなのに、今はそれがひどく不安だ。俺の寄る辺なさそのものみたいで。それに最近はずっとろくに眠れていない。

 だから俺は外に出た。あいつの背中を見つけた。港を臨む橋に凭れるその頭上に月が出ていた。絵になるな、なんて状況にそぐわない呑気なことを考えた。波の音だけが聞こえる静かな夜だ。背中を眺めているだけなら、穏やかな気持ちでいられるのに。

 いるような気がした。あんなことをしてしまったのに、どうしてあいつは戻ってくるんだろう。はじめは難しい奴かなと思ったけど、本当はただ真っ直ぐで、もっと単純なんだ。俺だってそうだ。本当は。

 いっそあのまま、会わないほうが良かったのか。何もしてやれないどころか、傷つけるばっかりなら。会って生きてることを確かめたいって思ったはずなのに、俺の気持ちはまたぶれる。遠くから見守るだけの方が、お互いにいいのかもしれない。やっぱり俺は、あいつを眺める以上に近付くべきじゃなかったのかもしれない。

 でももう遅い。認めたはずだ。境遇を不憫に思ったからじゃなくて、惹かれたから連れてきた。命を救ってやったなんておこがましい。全部俺の勝手な意思で、あいつを連れ出した。近付かないで済ませられるカードを俺はその時点で捨てたんだ。

 あいつは立つところに磁場を作る。理性と感情の磁極が狂う。近付かずにはいられないのに、捕われると何を言えばいいのかわからなくなる、蟻地獄みたいな磁場だ。大事なことは言えなくて、余計なことを喋ってしまう。俺はたった今自分が言った台詞は何も覚えていない。あいつの沈黙それ自体が言葉みたいに頭に響いた。

 立ち去る背中で揺れていた長い髪は暗闇でも眩しく光っていて、残像がいつまでも尾を引いて視界にちらついた。後ろ姿を追うこともできない俺は、やっぱり口ばかりで進歩がない。

 あいつが凭れていた欄干に触れてみる。温もりが残っている気がするけれど、願望がそう思わせているだけかもしれない。風化した質感だけがざらざらと物寂しく手に感じられた。傷ついたあいつの心か、それとも俺のか。

 潮の匂いが強いから、もう残り香も消えた。それでも俺は記憶の奥からあいつの香りを引き出せる。馬鹿みたいに何度も反芻してきたからだ。

 すぐそばにあった線の細い横顔は、触れてしまうと砂のように崩れそうだった。だけど、間違いなくそこに居た。

 目を合わせることもなく、声すら聞かせてくれなかった。きっと今夜も眠れないが、それでも俺は、生きててくれたことにほっとしたんだ。

 背を向けられたことへの辛さとか、謝罪の言葉も言わせてくれなかったことへの口惜しさもないではないが、生きてまた会えたことが嬉しかった。許してくれなくても、今はそれで十分だった。

 そう思うと体に力が入らなくなり、俺はその場にうずくまった。

 眉間のあたりが痛むような久し振りの感覚に、目頭を押さえた。

 港町に吹く風に混ざって流れた涙は、塩辛い味がした。









おなじみ、悩めるロックです。ああ楽しい。

このあとセリスを無視するロックにコラァと憤慨したのは私だけではないはず(#`Д´)ノ

このごろロクセリ好きの方々からたくさんコメントをいただいてて、嬉しくなってはりきってロクセリ書いてますvv←単純

(2011/11/14)



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