Bipolarity




きっかけはよく覚えていない。

それほど重要ではないのかもしれない。

欲。若さ。焦り。何とでも言えばいいと思う。

ともかく私たちは、あの雨の日に再会してから、いつしかこういうことをするようになった。

だけど、私たちは一度も同じベッドで朝を迎えたことはない。

どちらからともなく、避けていたんだと思う。

本当はそうしたいのに、そうするべきじゃない、そんな内なる声に従っていたんだと思う。

この日だって、彼があんなことを言わなければ、きっと私たちは別々の部屋で眠った。


硬い筋肉で覆われた胸が私の身体を背後の扉に押し付けてくる。

背中にあたる無機質な扉がやけに冷たく感じられて、肌が粟立つ。

だけどそれは服を通しても伝わる彼の肌の熱さを、より私に実感させる。

彼は焦れていた。

最後にこうしてから、いつもより時間が経っていたからだと思う。

一度肌を合わせてしまうと、もうそれなしではいられなくなる。麻薬みたいに。

ミッドガルの路地裏で何度か見かけた、かりそめの快楽に食い尽くされてうなだれる人たち。

あれは、私たちの末路なのかしら。

誰かを心から求めることは、こんなに恐ろしいことなの?

こうしたかった

彼が私の耳元で囁く言葉に、私は何も答えない。彼もそれ以上は何も言わない。会話をするのも煩わしい。唇で伝える方法は、他にもあるから。

はじめはそんなつもりはなかったのに、私の気持ちまで逸ってくる。彼の熱が移ってくる。私の熱が彼をますます逸らせる。唇と手の動きが荒くなる。身体の力が抜けていく。

思考がどんどん鈍くなるかわりに、肌は敏感になっていく。邪魔な理性はいらなくなる。感覚の全てで、彼が欲しい。

いつの間にか私の背中が扉ではなくベッドに押し付けられていることに気付く。世界の角度が変わっていた。目を開くと彼。変わらないのはそれだけ。それで十分。

目に映る彼だけが私の世界。過去も未来も存在しない。

本当にそうなら、どんなにいいだろう。

身体中の細胞にまで熱を伝えて、いっそ私の存在そのものを融かして消してほしい。

彼と私を隔てるものがひとつずつ取り払われていく。直に触れ合う肌の感触。身体に感じる彼の重み。この腕に抱かれる至福。一度お互いの肌の感触を知ってしまったら、もう離れられなくなる。足りなくなったら、また求める。疲れたら眠る、それと同じ位自然なこと。

ふたつの身体の一番繊細な場所で繋がる。

記憶が切れ切れになる。呼吸の仕方さえ忘れていく。

耳元で彼が囁く私の名前、もう自分のものかもわからない。

それまで考えていたことも、自我を完全に失う瞬間、どうでもよくなる。


肌で直接感じる彼の鼓動は、この上なく私を安心させる。頬を押し当てた彼の胸が上下に動いて、ゆりかごに揺られているような気分になる。母親に抱かれているような安心感で、このまま眠ってしまいたくなる。何も知らない子供みたいに。

二人の呼吸が落ち着いていく。汗ばむ肌の熱が引いていく。肩に回された彼の手が、剥き出しの肌を一定のリズムで撫でてくれる。くすぐったいけど、心地がいい。なんだか喉が渇いたけれど、この感触から一秒でも離れたくない。

でも、もう行かなくちゃ。

また明日の朝まで、束の間のお別れ。

ほんの数時間なのに、一生のお別れをするみたいに、離れがたい。

いつも、そう思う。

「なあ…」

「…ん?」

呟くような彼の呼びかけが、私を葛藤の淵から呼び戻す。

「…あの時、ティファはどこにいたんだ?」

「…あの時?」


………


炎の色。熱。焼ける匂い。悲鳴。光る刃。痛み。

何度も何度も反芻してきた。

五感が覚えてるあの日の全て。

なんで、そんなこと聞くの?

「…5年前なのよ。覚えてないわ」

嘘で返す。

どうしよう。

今日は、どこで間違えたんだろう。

一緒にいたいのに、一緒にいるのが怖い。

だから今まで、ちゃんと離れてきたのに。

彼が余計なことを言う前に、早く行かなくちゃ。

頭の中で、早く彼から離れろと促す声がする。さっきまでは早くひとつになりたくて堪らなかったのに。

上半身を起こす。これだけの動作なのに、ひどく疲れるのはどうしてだろう。

「そろそろ、戻るね」

下から見上げてくる彼の表情が、やけに無防備で子供っぽい。あの日を思い出させる。それから、少し寂し気に瞳が揺れた、気がした。

「今日は、」

一瞬掠れた気がした彼の声。腕が伸びて、引き寄せられる。唇が触れて、柔らかさで私の理性はまた揺らぐ。

「一緒にいたい」

私の返事を聞くより先に、彼は私を自分の胸に抱き込んだ。

返事のかわりに、息を大きく吸って吐く。彼の匂い。

すっかり汗の引いた肌。温かくて、涙が出そうになる。

一緒にいるのが怖いのに、本当はずっとこうしたかった。

どうしてなのかわからない。これ以上近付くことは不可能なくらい近くにいるのに、私たちは遠い。息を交わして、熱を交わして、体温を分け合っても、ただひとつだけ、どうしても交わらない。

彼の寝息が聞こえ始めた。小さな子供みたいな吐息に、なんだか安堵する。こうして一緒に眠って、そのままもう目覚めなければいいのに。

ねえ、私の考えてることわかる?

知られるのは怖いけど、本当は知ってほしくてたまらない。

あなたの記憶と私の記憶は、いつか溶け合ってひとつになることができるのかしら。

誰の記憶が正しいの?間違ってるのは、私のほう?それとも…

知りたいけれど、怖くてたまらない。ふたつのグラスが粉々に砕けて、二度と同じ水を取り戻せなくなることが、怖いの。二度と溶け合うことがなくなってしまう。あなたも私も、きっと自分じゃいられなくなる。


だから、今は嘘を許してね。


誰のための嘘なのか、わからない。

あなたのためと言うのは傲慢だし、私のためと言うのは欺瞞。

なんて勝手なんだろう。

だけど、これも私。


今この瞬間、願うことはひとつだけ。

本当の記憶を探るよりも、あなたがそばにいること。

それが、私の望み。











なんだかやけに暗い代物になってしまいました。本編前半のジュノンかどこかで、二人がこんな会話してたっけと思いついて書きました。ふたりがこの時点でそういう仲だっていうのも、ひとつの妄想として。(2011/9/18)





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