Beautiful Ruins
手首から手の甲の半分まで覆うレースの袖に陽が射して、木の葉の模様のように肌に映る。白いドレスは、結婚式の衣装を誂えた残りで仕立てたもの。誕生日なのだから着てはどうかと、待女が進めるままに袖を通した。あの日のことを思いながら。
雲の中を歩いていたみたいな記憶しか、もう浮かばない。ベール越しに見たあなたの表情も、もう思い出せない。視界いっぱいにレースが光と影の模様を作って、蜘蛛の巣にからめ捕られたようで、どこにも逃げ場がないように思ったことを覚えている。そこからずっと、動けずにいる。
金牛の月に入ってからずっと、雨が降っていた。雨が止んだ日を、その日としようと決めていた。誕生日なのは偶然。そんなものはどうだっていいのだ。本物の誕生日かさえ、誰も知らない。
ゼルテニアの教会の跡。五十年戦争で破壊されてしまったものの名残。
今はもう、そのこと自体に胸を痛めることはない。祈るためには来ていないから。呼吸するみたいに自然にしていたはずの、神様を信じることは、いつからかやめた。目に見えないものを信じるには私は多くを見過ぎたし、目に見えるものだけを信じるには知らな過ぎる。
恨むなら、自分か神様にしてくれ。鈍い光に透けたステンドグラスが淡く霞んで、遠のく意識の中で聞いたあなたの声の意味が、今ならよくわかる。
あなたは全ての約束を果たしてくれた。でも私は何が欲しいかなんて、本当は何もわかってなかったの。だからあなたは何も悪くない。あなたを許すことができない自分が辛い。
袖に隠した短剣に触れる。アグリアスに、守ってほしいと懇願することはもうしない。彼女が託してくれたこれをどう使うべきか、もう決めている。
崩れた石の壁に触れれば、まだ雨でしっとりと濡れている。乾ききる前に、あなたは来るだろう。
チョコボの蹄がまばらな石畳と草地を踏む音が近付いて、やがて止まる。かつては門だったであろう、石のアーチをくぐって、あなたの気配がだんだんと近付く。
かつてはこの教会でも、人が愛を誓ったんだろう。あの日、チャペルへ向かう長い回廊を歩きながら、私は修道院の果てしない回廊を思って、その頃の孤独に引き戻された。
待っていたあなたと私は約束を交わした。神様なんて、二人とも信じていないのに。
「やっぱりここにいたんだな」
そう。私がここにいて、あなた探しにやってくること。それくらいには、私たちはお互いのことを知っている。
私たちは同じだと、いつか言った。
でもそれは間違い。私はまだ、与えられた役割を演じたまま、逃げられずにいる。あなたはずっと遠くにいる。
だけど、まわりを傷つけても望みを叶える意志を強さと呼ぶなら、私は強くなりたくないし、その強さがないと生きていけない世界なら、私は生まれてくる場所を間違えたたのだ。
くわえた草笛の青い味が思い出される。あの時に戻りたい。あとは全部、夢だったらいい。戻ってそこへ閉じこもっていられたら、もう何も望まないのに。でも私には、向かうところも戻るところもない。
もうちゃんと認識すらできないけれど、多分私は泣いているんだと思う。なぜだかわからない。憎いだけなら、きっと泣くこともないのに。
いつ失うかもしれない不確かさの中で生きていけるほど、私は強くない。だけど、最後の時を選ぶ意志はせめて、残っていると信じたい。そして、終わりを与えてくれるのは、あなただけなのだと知っている。
「オ…、オヴェリア…?」
刃が人の身体に食い込む感覚なんて、一生知らずに生きていくと思ってた。
剣を伝ってあなたの脈打つ鼓動が伝わってくるようだった。震える手で、あなたは私の手首に手を伸ばすと、震えているのはどちらの手なのか、境目がわからなくなる。だけど震えているのに強い力で掴む手に、私の気持ちはまた揺らぐ。
目を上げれば、あなたの顔が揺らいで見える。
どうしてこうなってしまったの?考えたところでもう遅い。
花束がほどけて足元に散っている。結婚式のブーケと同じ花。そこにもうすぐ、赤く私の血が降るはず。
あなたに守られて、導かれれば、いつか救いがあると信じたけれど、それは束の間の夢。戻った現実の世界は、私には辛すぎる。生まれ変わりがあるとしたら、次は花や鳥に生まれたい。
ゆっくりと、私は剣の柄から震える手を離す。小さい頃、摘んだ花を小川に流して遊んだときのように優しく。全てを察したようにあなたはそれを受け取る。左手の指輪が銀の柄に触れると、かつんと鳴った。これでいいの。どうぞ終わりにして。
水の中にいるような感覚であなたをもう一度見る。涙に光が射してまぶしい。淡い虹色みたいに見えて、砕けたオーボンヌのステンドグラスの幻を見せた。
そんな顔するのね。今になって知るなんて。私が目に映す最後の人。
一瞬前に思ったことは、やっぱり嘘。生まれ変わったら、いつか違う時代であなたに会いたい。
(2016/05/22)
FF史に残る後味の悪いEDと名高いこちらですが…ご多分にもれず初めて見た時の衝撃は忘れられないです。あの懐かし気なオルゴールの音楽をバックに繰り広げられるあの展開…ほんとやりきれない。どうでもいいけどディリータが降りたあと退場する空気の読める子なチョコボになんか笑ってしまう。
長ーい時を経て今回もう一回プレイしてみて、オヴェリアがああするまでになった流れを、切り取った形ではあるけど、書いてみたくなりました。書こうと思ってから、改めて二人のことを考えて、考えながらこのEDを何回も繰り返し見て、本当に何度も泣けてきました。
さて、すごーく長いあとがき始まります。上の話そのものより長いです。興味のあるかたは下からどうぞ!
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すごく短いじゃないですか、この場面。そこからすごく色んなことを読める場面だなと思います。
オヴェリアの行動って、すごく複雑な思いの結果だと思うのです。憎さだけならできる行動じゃない。愛情とのせめぎあいだったんでしょう。
オヴェリアはもっと違う形で、政治的なり社会的なりにディリータを制裁することだってできたはず。でもそうでなく、至極個人的で、至極人間的なやり方をした。民衆が歓迎する形で事態を収束させた彼の功績も讃えるべきことってことも、理性ではわかってるんでしょう。でも個人的な感情が、もうどうしようもなくなったのかな。上の話では、こういう葛藤をぎりぎりまで持っていただろうオヴェリアを表現するのが目標でしたが、うーんどうかな。
ディリータはオヴェリアが喋り終わって、少しの間のあと、あまり迷いなく刺し返してるように見える。でも彼も同じように、そこにはすごく逡巡があったはず。刺されたから報復で、という風に見る人もいるんでしょうが、そうは思えないのは私がディリータ贔屓だからかもだけど、まあそれを言っちゃあしょうがない。
ディリータは「目には目を」の人、オヴェリアはあえていうなら「殴られたら逆の頬を差し出せ」の人。そういうオヴェリアをディリータは、そんなんじゃこの世の中生きていけない、守ってやらねば、という部分もあったと思うんですね。人生で一度だけ、最後にディリータに対して「目には目を」をやってのけた、あるいはそうするくらい追い詰められてたのかな、と思いました。
「利用されるだけなんてまっぴら」というディリータの思いは皮肉にもオヴェリアにしっかり受け継がれてしまったのだな。みんなを利用したディリータへの罰を、オヴェリアは結果的に自分の死で執行したわけですね。引導を渡したのがディリータですからね。それまで本当に駒のように人を手にかけてきたけれど、オヴェリアを殺した重みはずーっと負っていかなきゃいけなくて、この短い展開の中でディリータはその覚悟をしたのでは。
ディリータにとっての救済って、本当のところなんだったのかな、と考えてしまいます。どうしたってティータは戻らない訳だし。ティータを間接的に殺した貴族社会/体制への報復、それを支配する側にまわってやる、ってこととは言ってますし、それはもちろんそうだったんでしょうが。
ある意味、オヴェリアと出会ったことが彼にとって最大の誤算というか、意図せずとも結果的に足かせになったのでは。だって振り切ってしまったほうが楽だもん。途中で大事なものを得ないほうが、そもそもの理想を追求することだけを考えれば。意図したことではないにせよ、途中から二兎追うかたちになったのかな、と。大義は一つでよかったのに。片方を最後あんな形で失って。
…と思う反面、でも、守るものもないと、最後までやれなかったのかなという気もします。ティータの死に対する憤りは二つの要素があって、一つは貴族社会、もう一つは無力な自分。それを変えてやる、のしあがってやるっていうのが原動力だったわけですよね。
だけど思想のためだけに動くのって人間難しいはずで、それによって何を・誰を守りたいかとか、具体的な対象があるほうがブレがなくなるのではと思うんです。
ディリータの場合、それが裏目に出たのでは。彼とオヴェリアって、利害が一致してるようでしてないんですよね。一致してればチームになれるけど、そう思ってたのはディリータだけ。自分の野心のために全てを利用する=オヴェリアのために自分の手はいくらでも汚す、こうなってしまったのが間違いだったんだよ。オヴェリアは望んでないんだもん。
オヴェリアがもっと政治的に野心のある人だったらディリータと上手くいったのかな、もしかしたら。影うすいけどルーヴェリアのようなとか。マクベスの嫁のようなとか。それはそれで違う悲劇の結末が待っていそうだけど。無論そうでないところにディリータは惹かれたんでしょうが。ゆえに前述の誤算、と思う訳です。
この場面の曲、後からブレイブストーリーを見直して、ディリータとオヴェリアの草笛の場面でも同じのが流れてたんだって知って、ますます泣けてきました…。だってあんなどろどろした策略だらけの戦争の中で、束の間ディリータが童心に戻ったのって、あの場面くらいでしょ。
その時のディリータの言葉に嘘偽りがないことをオヴェリアが理解できて、それを拠り所にできる位だったらな(盲目的に信じるのも逆の怖さがありますが)…。かといってディリータの気持ちを汲み取れなかったオヴェリアが悪いとかいうことではなく。ディリータのフォローが足りなかったんですよね。どちらも少しずつ何かが足りなくて、何かが多すぎたんだろうな。これ、ラムザだったら簡単じゃないですか。彼らには歴史があるから。でもオヴェリアとディリータにはわかりあうための時間が足りなかったんだろうな。
ディリータはしたたかに生き抜くために相当感情を殺して冷徹を装う必要があったんでしょう。だけど突き抜けて冷血になれてもいない。それは端々で見てとれるもの。唯一垣間見れる本心は、ラムザとオヴェリアに見せた場面からわかる。例のオーランのシーンは、オーランの手前での冷徹な表(裏?)の顔でしょう。
この複雑なディリータっていうキャラが、すごく好きです。ラムザも好きです。ラムザによってディリータが際立つし、ディリータによってラムザが際立つ。二人の関係性が本当絶妙。
カップルとしてディリータとオヴェリアに関しては、特別萌えとか感じたりは今も昔もないんですが、このEDの筆舌しがたいやりきれなさにどうにか落としどころを見つけたくて、色々考えれば考えるほど、もう萌えとか抜きにしてすごくいとおしく、それだけにますます悲しくなりました。
これ書きながらこうやって色々考えて、悲しい結末なのは変わらないにせよ、少し自分の中で落としどころが見えたので、なんかすっきりしました。
ただ、まあ数は増えないかなと思います。この二人で幸せな書きようがあるとすれば、もう未来はない二人だから(完全にパラレルで妄想するなら別だけど)、少しだけ理解し合えていた頃の(オヴェリアの不信が募る前の)二人の妄想しかないかな…。でもそうするとますます最後を思うと悲しくなりそうでやっぱ無理かも…
長々と書きましたが…。松野さん、素晴らしい物語をありがとうございました。また作ってほしいな。