悶々
お前がどう思ってるかは知らないけど、俺はそんなに鈍くないんだよな。
憎からず思ってくれてるだろう事には気付いていた。自惚れじゃなく。
そしてその事が、俺に言い知れぬ快感を与えているって事にも。
そんな事を考え出すときまって、蘇るのはレイチェルの顔。
俺の成すべき事、生きる理由と言っても言い過ぎじゃない。
その理性が、俺をお前の引力から引き止めていた。
とんだ矛盾だ。笑えてくる。
俺がレイチェルに施したあの行為自体が、理性からはみ出した結果の所業だって言うのに。
そうしてまた堂々巡り。
もういっその事、お前が俺に愛想を尽かせばいいんじゃないか?
俺の代わりにもっといい男見つけろよ。お前ならいくらでも選べるだろ?
さっさと誰かとまとまってくれれば、俺も未練なく秘宝を追える。
どこかでそういう気持ちがあるのは嘘じゃない。本当だ。
何度も言うが大層な美人だ。均整のとれた身体。長い金髪。それはそれは嫌味なくらい非のうちどころがない。男だったら欲しくなるよな。惚れてる惚れてないは抜きにしても。
そこが問題だ。
本気でお前に惚れる奴が現れたら、そっちに行った方が幸せだ。
わざわざ茨の道を選ぶ事はない。
しつこいようだけど、そういう気持ちがあるのは本当だ。
だけど、なんだってこんなに動揺してるんだ俺は。
解りきってる。所詮理屈の上での納得なんて、感情の上での納得の前では無力ってことだ。
だめだ、今日は色んな事がありすぎた。
初めて触れた唇。感触が蘇る。今日一日だけでもう何度も反芻してきた。
そしてあの男。
囮作戦を言い出したのは俺だっていうのに、こんな事になるなんてな。
作戦自体は成功だ。めでたいじゃないか。ところがこんなおまけ付きか。
好奇心と欲望でお前を見ていたあの男が我慢ならなかった。
お前は奴の視線の意味に気付いてたか?
鋭い剣の先端でなぞられたみたいに、背筋に冷たさが走ったんだ。
そして言い知れぬ怒りにも似た感情。
嫉妬。
マリアよりも綺麗だ?
俺の女になるなら?
ギャラリーの前でよくそんな鼻持ちならない台詞が言えるな。恥ってもんはないのか。
そしてあからさまに狼狽えて二人の間に割って入った俺。恥知らずはどっちだ……
あの場にいた全員がどう見ていたか……
……どうとでも言え。人様の目なんて、今更知った事じゃない。
値踏みするように俺とお前に走らせた、全てを見透かしたようなあいつの目付き。
くそ、忌々しい。
なあ、イカサマのコインがなくても、お前は同じ勝負を受けたか?
あいつの女になってもいいなんて、本気で言った訳じゃないだろ?
待てよ、大体なんでエドガーのコインの事をお前が知ってた?
そこそこ付き合いの長い俺だって知らなかったのに、だ。
俺の知り得ないところでどんな話をして、どんな顔を見せたんだ?
解ってる、他の男と話すななんて言う権利は俺にはない。そこまで傲慢じゃない。
籠の鳥じゃないんだからな。それに籠から出してやったのは他でもない俺だ。
一緒に行動をするようになって、徐々に柔らかい表情を見せるようになってから、本当に匂い立つくらい綺麗になったと思う。そうさせたのは俺だと考えるのは自惚れ過ぎか?
時々忘れそうになるけど、まだ18なんだよな。みるみる成長していく。置いていかれる俺。
日に日に変わっていくお前を、他の男の目に晒すのは、生きたまま八つ裂きにされるような苦しみなんだ。お前に解るか?
しかもこの面子。一体何の悪戯だ。18の女の子に、いい歳した年上の男が4人(俺も含めて)。
考えるだにおぞましい。拷問だ。
エドガーの奴の軽口は、どこまで本気か推し量れないところがあるけどな。
マッシュは、まあないとは思うが、でも解らないぞ。油断してると一杯食わされそうだ。
いっそガウでも連れて来た方が良かったか。いやいやあれも一応男だぞ。
そしてあの銀髪男だ。いけ好かない。
まったくどいつもこいつも……
……そうか、つまりそういう事か。
結局は、お前の存在が罪深い。無意識だから尚更厄介だ。
結論はそういう事だ。俺は悪くない。
脳内会議はめでたく終わりだ。終わったところで、さっさと寝るか。
……さっきから支離滅裂だ。とんだ責任転嫁。
我ながらどうかしてる。これから帝国に乗り込むっていうのに、俺が考えてるのはこんなことばっかりだ。自分の事とはいえ弁護しきれない。
どうしてこうなった?
本音で話せよ、俺。
このまま全部を手に入れたい。他の奴に持ってかれる前に。
男の欲だけが全開の目が、お前に向けられるのが耐えられない。
本気じゃないなら、渡せない。渡すくらいなら、俺が……
俺だってあの男と大差ない。良心だとか面倒な事はどうでもいからただお前が欲しい、そういう自分も否定できない。他の誰かに汚されるのも、俺が汚すのも、結局同じ事だ。
だけどそれは嫌なんだ。
飢えた男の生理を解消するだけの相手には、しないでくれ。
俺も身体は健康な男だから、そういう女はこれまでに少なからずいた。心の繋がりなんか求めない相手。
後ろめたさがまったくなかった訳じゃない。だけど、心だけはレイチェルに操を立ててきた。
他の女を抱いてる時も、心はいつもレイチェルのもの。
俺は、お前をそういう女達と同じように見る事ができない。
何かの間違いでもお前をそんな風に扱ってしまったら、俺は絶対に後悔する。
レイチェルに対する後ろめたさとは別の、お前に対する後ろめたさで。
つまりは、俺のこの悶々とした気持ちは、ただの欲ではないってことか。
欲じゃないならなんだ。
恋か?
恋だとか嫉妬だとか、久しく忘れていた感覚だ。
欲望の捌け口として抱くだけの女だったら、俺にこんな感情を抱かせない。
……なんだかすごく疲れた。
俺が身も心をお前に差し出せる日は来るんだろうか。
俺はレイチェルを愛していた。嘘じゃない。愛してたから、綺麗なままで眠らせた。
彼女の魂をこの世に呼び戻す事が出来たとして、俺はレイチェルを同じように愛せるのか?
秘宝を求める理由はなんだ?なんだった?
俺にとってレイチェルは……
過去形なのか?
愕然とする。
俺の全ての行動の動機だったはずのもの。揺るがないと信じていた、本当は脆かった地盤。
崩したのは……
今日何度目かのフラッシュバック。数えるのはとっくにやめた。
お前の香りが離れない。
あんなに愛したレイチェルの香りを、もう思い出せない。